2015年01月

C87で購入したCDのレビュー、今回は志方あきこさんのアルバム「歯車館のエルデ」と、イベント限定CD「Sorso」の2枚です。

志方あきこさんは同人音楽出身の方ですが、現在は「アルトネリコ」シリーズを始めとしたゲーム音楽でも活動しています。主に”民族調”を中心に手がけており、同人音楽界隈へサウンド面で与えた影響も大きいと言われているそうです。こういった重厚な民族調の他には、オルゴールを用いたシンプルな楽曲を制作することも多く、今回レビューさせて頂くアルバムはいずれもほぼオルゴールだけで構成されています。



志方あきこ / 歯車館のエルデ

リリース: 2013/08/12
ジャンル: 物語音楽
販売: 即売会・ステラワース

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このアルバムは、構成される音のほぼすべてがオルゴールだ。オルゴールが主旋律を歌う音楽、ではなく本当にオルゴールの音のみで作られているのである。ボーカルすらないため、このアルバムには”歌詞”に相当するものはないのだ。しかし、上にも書いた通りこれはれっきとした”物語音楽”であると言える。なぜなら、その”物語”は散文の形で歌詞カードに書かれており、曲のひとつひとつにあてがわれているからだ。散文はいずれもとても短く、全11曲分を合わせても3ページ分にしかならない。しかし、デザインや組版が一癖も二癖もあるため、それぞれの物語が各々存在感を放っている様が見て取れて面白い。

数多の物語音楽と異なり、物語の脚本である歌詞も、語り手である歌手もいない。歌詞カードの散文を眺めながら、オルゴールのシンプルだが力強い音色に全神経を集中させるのだ。したがって、このアルバムではリスナーの想像力が試されることになる。音楽は劇伴のように背景に溶け込むこともあるし、散文は曲が流れている間ずっと読む必要があるほど長く濃密なものではない。本当に軽い気持ちで聴けるアルバムで、”物語音楽”は必ずしも重厚さ、荘厳さを必要としていないということを教えてくれる。個人的には、絵本の朗読とそのBGMというイメージを抱いている。物語自体の内容も決して重々しいものではなく、まさに童話の絵本のように手軽に、しかしその”読後感”はきわめて充足したものとなるのである。




志方あきこ / Sorso

リリース: 2014/12/30
ジャンル: イージーリスニング
販売: 即売会

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C87(2014年冬コミ)が初頒布となる、新曲2曲を収録したイベント限定CD。1曲目「Sorso」はミディアムテンポのバラード。民族楽器を用いてはいるがとても聴きやすいポップスの形を取っている。歌詞は日本語ではなく、架空言語と思しき不思議な響きをしている(歌詞カードがないCDなのでよく分からなかった・・・)。2曲目「オトシモノ ~Orgel Arrange Ver~」は全編オルゴールの曲だ。アレンジ元は知らない曲だったのだが、どうやら現在製作中のアルバム曲のオルゴールアレンジらとのことだ。なんと本家よりもアレンジの方が先に世に出たということになる。・・・というより、このCDについてはご本人がTwitterでがっつり解説されているので、そちらを転載した方が分かりやすい紹介になりそうだと気づいた。気づいてしまった。レビューサイトとは何だったのか。

怒涛の引用を前に総括を。2枚とも、オルゴールというものの表現力に気付かせてくれた素敵なアルバムだった。特に「歯車館のエルデ」は、11曲40分のほぼ全てがオルゴールで、しかも音の数も3つほどしかない音色の変化に乏しいサウンドだったにも関わらず、明るいものから暗いものまで物語が展開するかのような様々な表情を見せてくれた。これは筆者もかなり驚かされた。あえて失礼な表現をするなら、期待以上、いや期待をはるかに超える密度のアルバムだったと思う。サウンドの派手さを競った音楽は大好物なのだが(制作中だという「和風CD」はさぞかし凄いことになっているのだろう)、こういったシンプルさを極めたものもまた悪くないものだ。







C87で買ったCDのレビュー、今回は歌い手・鹿乃(かの)さんのオリジナル新譜「グッドハロー」です。

そのささやき声は愛らしくあると同時に芯の強さも併せ持っており、滑舌の良さもあってか、歌に込められたメッセージを真っ直ぐに伝える力強さを感じさせてくれます。また、鹿乃さんは”歌ってみた”の動画を投稿するだけでなく、同人CDも数多くリリースしているのですが、意外にもオリジナルアルバムはこの「グッドハロー」が初となります。



鹿乃 / グッドハロー

リリース: 2014/12/30
ジャンル: ポップス・ロック
販売: Amazon.co.jp / とらのあな / アニメイト

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1曲目「グッドナイトエヴリワン」はナノウ提供のロックバラード。全体を通して感傷の塊のような曲なのだが、サビのベースでそれが一気に爆発するのでたまらない。大サビ直前の高音がちょっときつそうに聴こえる以外は、メロディの音域と鹿乃の声域がバッチリ合っており、両想いとも言える相性の良さを示している。なるほど、”初のオリジナルアルバムの1曲目”としてはこれ以上ない素敵な楽曲だ。2曲目「クジラのゆめのゆくえ」はwhoo提供のゆるふわポストロック。ミディアムテンポの柔らかなアンサンブルでは、跳ねるようなドラムとそよ風のように心地よいピアニカが、従来のwhoo作品と同様に良い仕事をしている。歌手と作曲家が、お互いが自然体のままにセッションしたかのような、ゆったりした空気を感じる。3曲目「内気にDaring Love」はkoyori(電ポルP)提供。アイドルポップスが炸裂しており、これは本当にkoyoriの曲なのかと歌詞カードを何度もチェックしたのはここだけの話。確かにkoyoriは砕けた口調のキャッチーな歌詞を書くこともあるが、まさか曲までこうもキャピキャピするとは思わなかった。ちなみに曲名の”Daring”は「大胆な、型破りの」という意味であり、いわゆるダーリン(Darling)でないのは豆知識。4曲目「ヒーローが来ない」はピノキオピー提供のパンクなポップ。少し風刺が効いているものの本質は徹底して娯楽作品、という側面でもピノキオピー節満載の楽曲だ。提供曲だからと言って多少丸くしたような気配が一切なかったところが非常に面白かった。

5曲目「バウワウマーチ」はdezzy(一億円P)提供の童謡風ポップス。遊園地のパレードを思わせる豪華絢爛な楽曲であり(実際、歌詞でも”パレード”の単語が出てくる)、鹿乃の歌声から多くの人が受ける印象であろう「可愛さ」「幼さ」の路線で120%突き進んだ、全年齢向けの”みんなのうた”である。6曲目「線路で歩こう」はnakano4(ナカノは4番)提供のニカニカしいポップス。nakano4の魅力でもある、”整然とした風景にふと浮かぶ感傷”はこの曲でも存分に味わえる。サウンドは明るくも渋めの電子音楽であり、横ノリでルンルンするのだがどこか内省的な落ち着きを見せている。鹿乃の歌声も、このアルバムの中で特にクールでしっとりとしており曲調とよくマッチしている。7曲目「サンクチュアリ」はすこっぷ提供のゴリゴリの王道バラード。前の記事で「グッドハロー」と同時リリースされたすこっぷのアルバム「Forgive Forget」をレビューしているのだが、自身のアルバムではアーティストとして、対して鹿乃への提供曲では職業作家として作曲しているように感じられて非常に興味深かった。最後の8曲目「decide」はkeeno提供。これぞkeenoといった、光のようにあたたかい真っ直ぐなポストロックだ。ボーカルの裏で自らも歌っているかのように鳴り続けるギターフレーズや、この飾らないギターソロやなど、まさに最高の極みではないか。余韻たっぷりのこの曲が〆であることにただ幸福を噛みしめるのである。



鹿乃はこれまでに、いわゆる「カラオケアルバム」を多数リリースしてきた。筆者も何枚か買って聴いたことがあるのだが、特に関連性のない曲が並んだCDの楽しみ方はいまいち見出だせずにいた。アルバム全体がひとつの物語を持ち、その中で曲のひとつひとつが役割を与えられているタイプのアルバムが筆者の好みだったからだ。しかし、ここ最近はこうしたカラオケアルバムの楽しみ方、というよりなぜ作られたのかが少しずつわかってきた(気がする)。つまりこれは、リリースした人の活動記録なのだ。筆者にとって音楽アルバムとは1冊の小説のようなものなのだが、この手のアルバムは写真や日記をまとめたスクラップブック、文字通りの”アルバム”なのである。もちろん、全ての人がそう考えて作っているわけでは無いと思う。しかし、こう考えればその”存在理由”は腑に落ちる。とても主観的で、ただ”曲が好き”という動機から作られているからこそ、いちファンとしての生々しい”愛”を感じることが出来るのだろう。

鹿乃にとって初となるオリジナルアルバム「グッドハロー」も、根本は同じようなものだと考えている。収録された8曲はすべて、”大好きな方々に今回のアルバムのために楽曲を書き下ろしていただきました”とあり、やはりアルバムを制作した動機は似通っている。いずれの作品にも言えることは、アーティスト活動よりむしろファン活動の成果として生まれたものだ、ということである。ファン活動とは、何も好きなクリエイターにツイッターでリプライを送ったり、CDを買ったりするだけではない。歌い手で言うなら”歌ってみた”を投稿し、自分自身も表現する側に立つファン活動だって存在する。その他音楽やイラスト、文章などで行われる二次創作も、アーティスト活動とファン活動の両方の立場から発信されているものだ。その根本には、”好き”もあれば”嫌い”もあるだろう。ただ共通しているのは強い関心。そして、自らコミットしていこうとする前のめりな姿勢だ。まさに「同人」こそが、こういった形の創作活動の基盤となっているのである。



鹿乃本人がどう思っているかは、鹿乃本人のみぞ知るところだ。しかし、筆者はこのアルバムに、鹿乃がこれまで続けてきたファン活動のひとつの成果を見出した。だがそれは言い換えるなら、いちアーティストがリリースしたアルバムとして聴くには、当の本人が後ろに引っ込みすぎているということである。このアルバムのメインは一応はボーカルの鹿乃なのだが、どうも本人が謙虚すぎるのか単純にその気がないのか、音楽や作曲家を立てようとする姿勢が随所で見え隠れしているのだ。それ自体は非常に素敵なことなのだが、それが行き過ぎて肝心の歌い手が影に引っ込んでしまっており、主役不在のコンピレーション・アルバム然としてしまっている。ざっくり言うなら、ボーカルが曲に合わせすぎているためにキャラが立たず影が薄くなってしまっており、曲単体で聴くなら非常に良いのだがアルバム全体だとちぐはぐになってしまっているのである。もう少しボーカルが前に出てまとめ役を買って出てくれれば、癖の強い楽曲群に呑まれることなく歌えるのではないか、と考えている。

ついにオリジナルアルバムをリリースした鹿乃に対しては、これから発表されるであろうオリジナル曲にも大いに楽しみなところなのだが、もし次にオリジナルアルバムを制作する際には、何か一本軸となるコンセプトを据えて、作品全体の”強度”を上げたアルバムを期待してみたい。これだけ色々な作曲家に声を掛けられる鹿乃になら、アーティストとしてかなり良いアルバムが作れるのではないのかと踏んでいる。・・・とはいっても、これまで通りのファン活動としての同人を続けることが最善と判断されるなら、筆者は喜んでそれを受け入れるつもりだ。なにせこれは「同人」なので、何をするか、どういう風に活動するかは完全に本人の自由なのだから。ただ、こういう路線を期待するリスナーもいる、ということを頭の片隅に入れておいて頂けるのなら、これ以上の喜びはない。

C87で買った作品のレビューを再開!今回は「すこっぷ」さん7作目となるオリジナルアルバム「Forgive Forget」です。

「マリオネットシンドローム」「指切り」「アイロニ」等の曲で知られるボカロP・すこっぷさんは、女性の精緻な心情を表現した卓越した歌詞で有名ですが、作編曲のスキルも極めて安定しています。時に哀愁ある、時に温かい、時に感傷的に奏でるサウンドは一見バラけているように思えて、実はそのすべてに一本軸の通った「節」を感じさせ、「すこっぷの作るポップス」は確固たるブランドとして成立しているのです。

ちなみに、このアルバムに収録されている曲はニコニコ動画やYouTube等には事前にアップロードされておらず、すべてが新曲となっています。



すこっぷ / Forgive Forget

リリース: 2014/12/30
ジャンル: ポップス・ロック
販売: Amazon.co.jp / とらのあな

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すこっぷのアルバムを毎回聴いていて凄いと思うのは、これだけ一貫した作風を貫いていながら、未だに”同じような曲”に出会ったことがない、ということだ。すこっぷは2008年からボカロPとしての活動を開始しており、動画投稿もアルバムリリースも2015年現在に至るまでコンスタントに継続している。制作したオリジナルアルバムは既に7枚を数え、それ以外のオリジナル曲もかなりの数に上ると思われるのだが、どの楽曲も独自の物語を持っており、同時にサウンドメイクも百人百様の個性を放っているのである。確かに”雰囲気が似通っている曲”は多数あるのだが、メロディラインもベース進行も曲の数だけ存在するため、すこっぷという作家の引き出しの多さにただひたすら感心する他ないのである。

また、すこっぷの曲はジャンル分けが難しい。極めて広く括れば「ポップス」か「ロック」と呼べるのだが、そこから少しでも細かく分けようとするとどうもうまくいかないのだ。すこっぷの曲にはさまざまな音が詰め込まれている。1曲目のタイトル曲「Forgive Forget」は、マーチング調のスネアがパレードのような金管の豪奢な音を呼び出し、アルバムのファンファーレの役割を果たしている。2曲目「イデア」は、イントロのゴシック風の寂れた音像をそのまま引きずって、陰鬱だが綺麗なロックサウンドが展開される。サビが非常に開放感に満ちており曲全体の暗さと対照を成しているなのだが、この展開が自然すぎるため聴けば聴くほど唸ってしまう。3曲目「フロムゴースト」は一転、パンク路線の尖った曲だ。ボーカルも初音ミクからGUMIに交代した影響か、サウンドが一気に人間味を帯びて生々しく突き刺さる。4曲目「諦観」は、詞も曲もタイトル通り徹頭徹尾悲観的だ。フルートとベースの絡み方が、悲劇を気取った世界観に実によく合っている。5曲目「ミスターパペッツ」はまたガラッと雰囲気を変え、まるで人形劇のようなおどけた楽しい音楽である。しかし歌詞が自省的で哲学的であるために、ただの明るい曲にならないところはやはり”すこっぷらしさ”を感じる。6曲目「絶望ごっこ」はオルタナ路線のクールなロックサウンドに目を覚まさせられる。好みの路線ではあるのだが、サビで明るさを演出するためにメロディの裏に入れられたシャラシャラしたシンセは無い方がよかったと思った。この曲はポップさを一切取り除いて、最後までクールでいた方がしっくり来る気がしたのである。7曲目「十二月のカゲロウ」は、このアルバム唯一の純粋なバラード。やわらかいギターサウンドとピアノが包み込む心地よさは、いつ聴いても素晴らしいものだが寒い冬に聴くと一層染みる。



これだけ多くの音を使いこなし、作品に込めてしかもそれを意識させないという、すこっぷの作曲スキルはかなり高度なものだと言えるだろう。思いついた音を無節操に取り入れるのではなく、それぞれの曲が持つ物語に合ったサウンドを的確に選び、組み立てていくその腕前はこれまでの作品を通して全く鈍っておらず、極上の味わいに仕上がったいくつもの作品世界を存分に堪能できる素敵なアルバムだと筆者は考えている。

さて、そういえば1曲だけまだ語っていない曲があった。それは、筆者がこのアルバムの中で最も驚愕し、また最も好きな曲である、最後の8曲目「For you」だ。自分の知る限りでは(なので当てにはならない)、すこっぷの曲がここまで重くなったことは無いと思う。何が重いのか。ギターサウンドだ。曲の前半は、アコギとピアノを軸としたシンプルな曲なのだが、後半で化ける。もはやエモと言っても過言ではないギターの轟音が支配する怒涛の展開には、言葉に出来ない感情の爆発を肌で感じさせてくれる。あらゆる言葉を駆使して詞を紡ぎ、あくまで”歌もの”として言葉とメロディに重きを置いたサウンドメイクを手がけてきた(と筆者が考えていた)すこっぷが、この「For you」では言葉を減らし、バンドサウンドの奔流にすべてを委ねているのだ。そのような姿は、控えめに言って全く予想していなかった。すごい。すごく良い。伝えたいメッセージをすべて詞に載せてきたすこっぷが(これも筆者の勝手な考えである)、歌ではなく音にメッセージを託した瞬間はまさに鳥肌ものだった。この作り方はすこっぷとしては例外的で、もしかしたら気まぐれのようなものだったかもしれない。しかし、歌い手と背景の音の役割を交代させるというダイナミックな曲構成は、むしろすこっぷの詞世界を別の側面から補強し、その作品へよりいっそう没入させることに成功していると思う。もしその気になったら、またこのような曲を作って欲しいと切に願っている。



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