Nemさんのメジャー2枚目となるアルバム「ボクとキミとの時間旅行」をレビューします。

2009年6月26日、VOCALOIDのGUMIが発売されると同時に「宵闇のアウグスティン」を発表してボカロPとしての活動を開始しました。その後「シザーハンズ」「嗚呼、素晴らしきニャン生」等のヒット曲を連発、ロックやポップスを基本としつつ、少し哀愁を感じさせるテイストの楽曲を得意としています。このアルバムは、2012年6月20日リリースのベストアルバム「from Neverland ~Best of Nem~」以来、実に2年半ぶりとなる本人名義のソロアルバムです。



Nem / ボクとキミとの時間旅行

リリース: 2015/01/07
ジャンル: J-POP・歌謡ロック他
販売: Amazon.co.jp / TOWER RECORDS

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歌謡曲のような独特のフックがあるトラックメイキングは、Nemの活動歴を見渡すと量・質ともに非常に充実しており、まさにお家芸とも言えるほどとなっている。このアルバムでも「エンジェルフィッシュ」「ネムリヒメ」「LOVE DOLL」等の哀愁あふれるファンキッシュな渋さが、アルバム全体の雰囲気を形作っている。中でも、この渋い作風に童話的な分かりやすいストーリーを組み合わせて、物語音楽に仕立てた楽曲に着目したい。「怪盗ピーター & ジェニイ」「或る化け猫の恋物語」「メルヘン彼氏とメルヘン彼女」といった楽曲群はいずれも良質な歌謡ロック/歌謡ポップスであるだけでなく、通常尺のポップス・ロック1曲の中で登場人物の紹介から物語の起承転結までを描き切っており、とんでもない量の情報が詰め込まれている。そのため曲の密度や展開がきわめて濃密となり、結果としてどこを切り取っても聴きどころしかないのである。こういった類の物語音楽はひとつの音楽エンターテインメントとして完成されており、ある種の様式美を構築している。ボーカロイド界隈でもひとつのシーン・ジャンルとして成り立っており、Nemはこのジャンルでヒットを連発している第一人者で在り続けているのだ。

一方、このアルバムには派手な物語音楽からは縁遠い、感傷的なJ-POPも複数収録されている。「夏色メロディ・君色メモリー」「パラレルワールド」等の真っ直ぐなポップスから、「片足のウェンディ」「Cotton Candy Cloud」「星を渡る鳥」等のバラードまで。そして、「a sweet typhoon」「観覧車と白昼夢」等の歌謡曲路線ではない純粋なロックも捨てがたい。いずれも日本語ポップス/日本語ロックの手本となるべき、王道のメロディとサウンドが心の奥に響くナンバーである。こういった楽曲はむしろ、Nemが本来得意としている作風であり、VOCALOIDと出会う前の時代に手がけていたNemの源流とも言うべき音楽である、ということも付記しておきたい。

Nemのボーカロイド曲を語る時は、使用するVOCALOIDの声についても語る必要がある。主に鏡音レンとGUMIを使用しているのだが、中でも特に鏡音レンの歌声が素敵なのだ。それも、高すぎず低すぎない中音域の歌声で統一されており、聴いていてとても心地よい。Nemの楽曲において、ボーカロイドは歌手としての役割を演じており、歌のキーも人間が歌う上で無理のない範囲に収められている。VOCALOIDだからといって人間に不可能な音域を歌わせるのではなく、音域に気を使いあくまで人間の歌手と同じ扱いをしている姿勢は、いかにも職業作家らしいと筆者は好意的に捉えた次第である。



この「ボクとキミとの時間旅行」というアルバムは、Nemという作曲家が周囲から受けたありとあらゆる期待に全方面的に応えた、バラエティーに富んだアルバムだ。楽曲はロックやポップスだけでなく、「キミガスキ」ではなんとデスメタルに挑戦しており、ミクががっつりシャウトしている中でNemならではのフックも忘れておらず、筆者は大爆笑しつつ楽しんだ。こうして遊び心を差し挟む余地があるのは、18曲という長尺アルバムだからこその余裕だろうか。聴けば聴くほど飽きが来ない賑やかなアルバムだが、収録曲は既にニコニコ動画等でフルで発表されたものがほとんどであり、この2年半に発表した楽曲の詰め合わせになってしまっている感覚はどうしても否めない。アクの強い歌謡ロックとJ-POPバラードが並ぶとどうしても作品の”濃さ”に差が出てしまい、一方が影に隠れてしまいがちになるのだ。なるたけ全体のバランスが良くなるようにと曲順に気を使った跡も見られたが、2年半ぶりのソロアルバムであることと、リリース元がEXIT TUNESなのでどうしてもベスト盤のような作品を求められたのだろうという推測を併せて考えると、まあこれは仕方ないと割り切るべきところなのだろう。同人・商業を問わず、いずれはNemのバラードばかりが収録されたアルバムを聴いてみたいものである。

そしてもう1つ気になった点は(不満点ではない)、Nemはまだ楽曲制作の面で余力をかなり残しているのではないかという事だ。一部の音源を除いてNemはほぼ打ち込みで作曲を完結させてしまうのだが、特にブラス隊の音の薄さは楽曲の厚さに見合っておらず力不足に聴こえて仕方ない。さらに、編曲自体に関しても、ブラスが賑やかし以外の役割を担っていない曲がほとんどなのだが、また別の使い方をすることで楽曲が更に生き生きとするのでは、という期待感を抱いてしまう。生録に莫大な資金が要ることは百も承知の上で、一度生録中心の音源をリリースして欲しいと願うばかりである。以前歌い手・蛇足に楽曲提供したシングルCDでは生録だった記憶があるので、一度確認してみたい。歌謡ロックに物語を添えた物語音楽の路線で、さらにサウンドも強化してしまえば、Nemは少なくともボーカロイド界隈では誰にもたどり着けない境地にまで行けるのではないかと筆者は期待している。

44歳というあまりもの若さで逝ってしまった、ロシア人歌手のOriga(オリガ)さん。「攻殻機動隊 Stand Alone Complex」の主題歌が突出して有名ですが、ほかにも数多くの作品を残されました。

その独特の美しさを持つ歌声は、1994年のデビュー以来ずっと変わっていません。彼女の歌声を歴史の彼方に押しやってしまわないように、彼女の足跡を忘れないための4枚のアルバムをご紹介します。



攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society O.S.T

リリース: 2006/11/22
音楽: 菅野よう子
販売: TOWER RECORDS


とは言うものの、やはり「攻殻機動隊」そして「菅野よう子」とのタッグは極めて多くのリスナーに衝撃を与えたものと思われます。最初の主題歌「inner universe」と2番目の主題歌「rise」は、ロシア語と英語が複雑に絡み合った非常に難しい歌でしたが、Origaさんは難なく歌い上げています。ここではあえて、そのどちらも収録されていないアルバムをご紹介します。「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」のTVシリーズが2シーズンとも大好評のうちに終了し、その後発表されたOVA(?)「Solid State Society」のサウンドトラックです。オープニング主題歌「player」とエンディング主題歌「date of rebirth」ともにOrigaさんが歌っているのですが、実は主題歌を両方とも担当されるのはシリーズ通してこの作品だけなのです。そしてこのアルバムは、音楽面でも面白いポイントがあります。「player」はなんと女性ヒップホップデュオ・Heartsdalesが参加しており、その結果楽曲にこれまでにない力強さが生まれています。そして「date of rebirth」は、Origaさんとしても菅野よう子さんとしても非常に珍しい、混じり気のないハードなロックナンバーなのです。このアルバムは、お二方の作風を知っている方ほど挑戦的に映るのではないでしょうか。「inner universe」と「rise」しか知らない人にこそ聴いて欲しい、”攻め”のサウンドトラックです。


Origa / 水のまどろみ

リリース: 2004/11/21
作詞: 濱田理恵(→Wikipedia
作曲・編曲:梁邦彦
配信: iTunes Store


Origaさんをきっかけに、初めてロシア語の歌を聴いたという方も多いことでしょう。アニメ関連やそうでない曲も含め、数々の楽曲をロシア語で歌うOrigaさんですが、もちろん日本語の歌も披露されたことがあります。中でも特に聴いていただきたいのが、この「水のまどろみ」です。なかむらたかし監督のTVアニメ「ファンタジックチルドレン」のエンディング主題歌であるこの曲は、Origaさんとしては異例なことに全編日本語なのです。もちろんのこと、日本語でも彼女の独特の歌唱に一切のぶれはありません。ロシア語と英語でしか彼女の歌を聴いたことがない方は是非。ちなみに、Origaさん自らが作詞されたロシア語バージョンも存在するのですが、CDシングルは長らくプレミア状態となってしまっているのに対して、iTunes Storeでは日本語・ロシア語の2曲をピンポイントで購入することが出来ます。こういう時には、在庫の変動に気を使わなくていい「MP3屋さん」のありがたみを実感しますね。


Ar nosurge Genometric Concert side.蒼 刻神楽

リリース: 2014/03/05
販売: Amazon.co.jp
配信: iTunes Store


Origaさんはアニメだけでなく、ゲーム作品でも歌われています。「FINAL FANTASY XIII-2」では「ヒストリアクロス」をはじめ5曲でボーカルを担当されていますが、筆者が是非おすすめしたいのはこのアルバムです。この「アルノサージュ(Ar nosurge)」は、ガストによる「アルトネリコ」シリーズの続編となるゲームなのですが、こうしてサウンドトラックとは別に劇中歌のアルバムを別途リリースしており、その中身がシリーズ通して極めて凝っていることで有名です。Origaさんは、2枚同時リリースの中の「蒼盤」で「em-pyei-n vari-fen jang」「yal fii-ne noh-iar」の2曲を歌われています。Origaさん自身が中心となって作詞された、何語ともつかないただ語感のなめらかさに感覚を奪われる揺るぎない美しさがこの2曲には込められています。ゲームとほぼ同時にリリースされたこの劇中歌集、発売日は2014年3月5日であり、Origaさんの音源としてはかなり最近のものとなっているのですが、これ以降の音源リリースは調べる限りありませんでした。大好きなゲームシリーズに大好きな歌手が参加すると知り、当時の筆者は狂喜乱舞していたものですが、その作品がまさか歌手の遺作と言っても過言ではない位置に来るとは、まったく想像だにしませんでした。


Origa / The Best of ORIGA

リリース: 1999/10/14
配信: iTunes Store


そしてそして、アニメやゲームとは関連のない、純粋なオリジナルアルバムを数多くリリースしていることを忘れてはいけません。1994年のデビューアルバム「ORIGA」から、2008年リリースで現時点での最新オリジナルアルバム「THE SONGWREATH」まで、実に7枚のアルバムをリリースされたOrigaさん。その活動前半の作品から選ばれたのが、このベストアルバムです。1曲目「風の中のソリテア」は、実に時代を感じさせるゴテゴテのJ-POPサウンドですが、そのボーカルがあの聞き慣れた優しい声であると分かると途端に安心感が芽生える気がします。しかし、明らかにポップスに寄った曲はそれほど多くはなく、あの妖精のようなきらびやかでちょっと癖のある歌声がアルバム全体を優しく包み込みます。中でも特に彼女の歌声が光るのが、「川よ、私の川よ」です。ロシア民謡をほぼアカペラで歌ったこの曲、旋律を歌うボーカルだけでなくバックコーラスも彼女の歌声なのです。この美しさ、強さ、そして冷たさを言い表す言葉はなく、リスナーはただその雄大な川の流れを呆然と見つめるしかありません。そして、彼女自身が大河そのものになり、徐々に包まれていくかのような安らかな心地になるのです。

Origaさんは、どうやら今年(2015年)にニューアルバムをリリース予定だったらしく(→公式サイト)、リリース出来なくはないという記述を見るに、いくつかの音源は既に録音されているようです。彼女の新曲を聞くことはもはや叶わないのではと思っていた矢先の朗報であり、”可能な限り彼女の希望に沿った形でリリースする”とのことでしたが、いちリスナーとして私が出来る事といえば、ただ新しいアルバムが出ることを信じて待ち、そして彼女の歌声を決して忘れないためにこうして語り継ぐことで、その歌声が永遠に生きてゆくよう祈り続ける事、ただそれだけなのでしょう。 


C87で買った作品のレビュー、今回はClean Tearsさんの新譜「Sound Collection - Another Original」です。

ベストアルバム「Sound Collection - New Original」と同時にリリースされたこのアルバムは、Clean Tearsさん自身を含む8名のトラックメイカーによるRemix Albumです。参加者はClean Tears / Aether_Eru / かめりあ / HSP(鼻そうめんP) / Kenichi Chiba / SuketchP(すけっちP) / takamatt /  定額P(Junk)となり(順不同)、各トラックからはリミキサーそれぞれの作風がにじみ出ています。



Clean Tears / Sound Collection - Another Original

リリース: 2014/12/30
ジャンル: トランス他
販売: とらのあな / メロンブックス

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Clean Tearsはトランス等の四つ打ち音楽を主に制作しており、参加リミキサーもトランスやハウス等の四つ打ち畑のトラックメイカーが多い。と思いきや、1曲目「Pousse Cafe (takamatt Remix)」はいきなりレゲエ調であり、トランスどころか四つ打ち要素すら薄い異色のトラックとなっている。ブラックミュージックではあるものの、ビートもライムも柔らかく安心して聴けるところに好感を抱く。2曲目「Sonorous (SuketchP Remix)」は、いかにもすけっちPらしい、ポップスを極めつつもトランスの要所はがっつり抑えた光のようなトラックが展開される。3曲目「Solesta! (Kenichi Chiba Remix)」は、柔らかいビートとリズム隊としてのピアノが少し古めかしいディスコ風味を感じさせ、このお祭り感覚が曲のテーマでもある”夏”を意識させる。4曲目「Love it! (P∴Rhythmatiq Remix)」は、初音ミクのボーカルを含む煌めくサウンドが輝く星空を思い起こさせると同時に、低音部とビートの重さが強調されていることで対比の構図がくっきりと示され、二重においしいトラックとなっている。5曲目「Tears of palm (かめりあ's "Retearing" Remix)」は一転して高速かつハードな展開となっているが、かめりあにしてはトラックメイキングの暴力性が抑えられ、使用しているサウンドも王道路線のトランスそのものだ。それでもかなり綺麗にまとまっているところが、氏の技量を示している。

6曲目「Desert Wolf (Another Original Remix)」と7曲目「Requiem (Another Original Remix)」は作曲者Clean Tears本人によるRemixだ。「Desert Wolf」は原曲のドラマチックな展開から一転、渋く落ち着いたハウス調となっておりこちらも味わい深い。なお原曲はこの作者で筆者が最も好きな曲でもある。「Requiem」はシンフォニックトランスとプログレッシブハウスを併せ持った美しいトラックに化けており、個人的にはこちらの方がしっくり来るほどだ。8曲目「Dreamscape (TeigakuP Remix)」は真っ向勝負のプログレッシブトランスであり、もう何もかもが文句なしで気持ち良い。そういえば今回は普段のJunk名義でなく、めったに自称しない「定額P」で提供している。なぜだろう。9曲目「Far Away (3x Remix)」は、曲名は違うもののこれもClean Tears自身によるRemixだ。前述の2曲と異なり、トランスとEDMが合体したかのような硬派な展開がダイナミックだ。そして最後の10曲目「Inverse Relation (HSP Remix)」は、あのHSP(鼻そうめんP)がまさかの参戦。氏のトラックメイキングはあまりにも隙が無さ過ぎて一種の様式美を構築しているのだが、この曲でもそれは遺憾なく発揮されており、全てが圧巻のプログレッシブトランスを堪能することが出来る。HSPのサウンドでアルバムは幕を閉じるため、そのサウンドの余韻にいつまでも浸れるのはありがたい。



総じて、非常に安心して聴けるリミックスアルバムだ。それぞれのトランス・ハウスはいずれもリミキサーの色を出しつつも綺麗にまとまっており、突拍子もない音や不自然な展開もなく参加者全員のスキルの高さを伺わせる。唯一四つ打ちでないtakamattのトラックも、正直この面子に混ざっていることは予想外だったが、これらの美しいサウンドに色の違う花を添える役回りを演じており、アルバム全体にうまく溶け込んでいるように感じられた。

そして個人的に嬉しかったのは、Clean Tears自身によるセルフリミックスが収録されていることだ。ある作者へのリミックスアルバムやトリビュートアルバムでありがちなのが、他のミュージシャンによるアレンジ・カバーは聴けるのだが、肝心の本人のトラックがないため”どこがどう変わったのか”を楽しめない事だ。同じ曲のリミックスばかりを10曲前後収録したアルバムならば、特に比較対象としての原曲が欲しくなるのだが、往々にして無いことが多い。この需要に気付いているアーティストは筆者の体感では少ないのだが、Clean Tearsは自身のリミックスアルバムに自身のサウンドを引っ提げて参加しているために、好感を持てたのである。こうして企画者・リミックス元が自らもトラックメイカーとして参加することで、他の参加者と対等なポジションに立つことが出来るため、本人不在型のリミックスアルバムで感じる”不均衡さ”が存在しない点でもこのアルバムを高く評価する材料となるのだ。本人も参加するリミックスアルバム、もっと増えたらいいな・・・。 

最後になったが、このリミックスアルバム「Sound Collection - Another Original」は、ベストアルバム「Sound Collection - New Original」と同じ日にリリースされている(→特設サイト)。こちらはベストアルバムと銘打っているものの、全曲Clean Tears本人による再アレンジがなされており、人気曲を機械的に収集したベストアルバムとは明らかに異なるフェーズで作られていることをまざまざと見せつけている。愚かな筆者は「お金がないから・・・」と冬コミ当日に購入を見送ってしまったのだが、あれから何度か試聴音源を聴きに行ったり、リミックスアルバムを聴いているうちに後悔の念が徐々に増して来ている。叶うことなら、今からでも購入を躊躇している自分の右手に野口英世を1枚そっと手渡し、「後悔するなら買ってからにしろ」と言い捨ててその尻を思いっきり蹴っ飛ばしたい。とか言う前に通販へGOですね、わかります。



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