C87で買ったすべての作品をレビューする一人企画、ようやく折り返し地点に差し掛かってきました。
今回紹介するのは、大江戸宅急便の島村秀行さんと、Campanellaのbermei.inazawaさんが合作した「僕らの音楽 ロンサムCD」です。

長らく交流があり、同人音楽のキャリアもベテランの域に達している二人。そんな二人がガチンコ共作で童謡アレンジCDを制作、その果て無き血と闘争と汗と涙の結晶とも言うべきこのアルバムが、どうしてこうなったのでしょう。全くもって不思議でなりません。そもそもこのアルバムが出来た経緯自体に色々あるのですが、続きは本文で。



島村秀行とbermei.inazawa / 僕らの音楽ロンサムCD

リリース: 2014/12/30
ジャンル: オトナの童謡
販売: Amazon.co.jp AKIBAHOBBY あきばお~こく とらのあな

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このアルバムは、一言で言うなら「センスある大人が本気でふざけた企画のアーカイブ」である。通常、才能あるアーティストが”遊んだ””ふざけた”と自ら語った作品は往々にしてとんでもない名作となり、そんな謙遜を遥か下方に置き去りにした言葉への信頼など到底置けたものではない。「僕らの音楽」に関しても、制作者の2人は間違いなく独自のセンスと視点を持っていることは筆者が保証するが、それでもこのCDを聴いた人の大部分が口を揃えて言うに違いない。”名作ではない、迷作である”と。

まず、「僕らの音楽」という企画について話さねばならない。これはそもそも、島村秀行(大江戸宅急便)とbermei.inazawa (Campanella)  の2人によるラジオ番組(主にYouTube、たまにニコ動)であり、その内容はズバリ”童謡アレンジを1曲作ること”。主に島村秀行が歌唱を、bermei.inazawaがアレンジを担当しているのだが、島村氏もサウンドについてとにかく色々な意見を出しており、トライ・アンド・エラーを何度も重ねてワンコーラスのトラックを完成させていく様子を生放送で流す、という一見真面目かつ熱い企画であるかのように見える。いや、熱量が高いのは認めざるをえない。それに、サウンドに対する真摯な姿勢はまさにアーティストそのものだ。しかし、なぜか必ず脱線する。折角のクールなトラックに、島村氏のライム溢れるジョークが突き立てられ、inazawaも大いに悪ノリすることで企画は泥沼試合の様相を呈するのである。そしてリスナーは嘆息するのだ、”どうしてこうなった”と。

このアルバムには、そのラジオ番組で作られた多数の童謡アレンジの一部(全11曲)と、そのメイキングの抜粋が収録されている。そのトラックはいずれも混沌としていながらも、確実にセンスあるものに仕上がっているため何ともリアクションに困ってしまう(笑顔)。和の香り漂うクールなトラックに謎のポエムが入る「雪」、あらぬ方向にテンションが上がってしまったレゲエ調の「海」、佐◯急便への日頃の恨みが爆発する「めだかの学校」、なんとヒップホップになってしまった「かたつむり」など、その”武勇伝”には枚挙に暇がない。しかし中には、超クールなピアノハウス調の「たなばたさま」や、5拍子のフォークソングに化けた「しゃぼん玉」など、普通に真面目でセンス溢れるアレンジもそれなりにある。・・・あれ、ふざけてないトラックも意外にあるんじゃね?と改めて聴いて思ったが、それでもやはり一部の”問題児”の印象があまりに強く、企画やアルバム全体の印象を決定づけていることを再認識した次第である。うむ、筆者は何も間違っていないはずだ。

なぜそんなアレンジになったのか、それを知るために欠かせないのがメイキングだ。長いラジオ番組からの抜粋とはいえ(全部収録していたらCDが何枚あっても足りなくなる)、その時の2人のやり取りは非常に濃密で、作成中の楽曲が少しずつ姿を変えていく様は、聴く側としてはとにかく新鮮で興奮する光景だ。ところでこのCD、合計収録時間は合計60分もあるのだが、そのうちメイキングやトークがなんと47分も占めている。つまり、童謡アレンジのトラックはたった13分しかなく、アレンジトラック目当てに買ったリスナーは、再生機に入れた時点でこのCDのメインがあくまでメイキングであることを思い知らされるのだ。その証拠に、アレンジトラックだけのプレイリストを作成して聴いてみると、まるで短編小説集の各話の結末だけをつまみ食いしているような、物足りなさを超えた物悲しさを感じてしまうのである。このCDは音楽アルバムではなく、作曲バラエティ番組なのだ。「僕らの音楽」と比較されるべきなのは、bermei.inazawaの伝説的な童謡アレンジアルバム「ぼくらのうた」ではなく、「水◯どう◯しょう」「ガ◯使」等を始めとするバラエティ番組のDVDであるべきなのだ(落語のCDはちょっと違うか)。

とはいったものの、ここで生まれたワンコーラスのアレンジの中には、制作した2人ですら唸るほどの名アレンジが複数含まれており、一部については”もっと長いトラックに仕上げたい”とまで言わしめているのだ。当然、このCDの目的はクリエイティビティの愛すべき暴走の塊となった番組の記録なのだが、ふと生み落とされた素敵な音楽(一部の問題児含む)をメインに据え、これらの煩悩と努力を結晶化した”純粋な童謡アレンジアルバム”への期待も俄然高まってしまうのは避けられないことだろう。



C87で買った作品のレビュー、今度は本の紹介です。

音楽だけでなく絵も描くボカロP・ピノキオピー。これまでに同人で6枚、商業レーベルから2枚のCDをリリースしていますが、画集はこれが初となります。

発行した2014年末時点での最新作から、2009年の活動開始時までを遡り、その期間のほぼすべてのイラストを網羅した構成となっています。またそれだけでなく、それぞれの絵に寄せられたコメントが非常にリアルで生々しいため、ひとつの文化資料としての価値も高い一冊です。"ピノキオピーの視点から見たボカロ界隈の歴史書"とも言えるでしょう。当時の雰囲気を知っている人なら、尚更感傷に浸れるのではないでしょうか。



ピノキオピー ビジュアルコレクション「OSOBA」

発行: 2014/12/30
区分: フルカラーイラスト集
販売: とらのあな

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この画集に収録されているイラストは、基本的に自身のオリジナル曲動画のために描いたものなので、こうして画集の形で横断的に鑑賞していると、これまでに見えてこなかった違いや特色が見えてくる。たとえば、様々な作風の使い分け。全体としては輪郭のはっきりしたマンガ調のカラーイラストが多めだが、2011年5月の「Floating Shelter」や2014年11月の「よいこのくすり」のように、使う色数を極端に減らして無機質で突き放した冷たさを表現しているものもある。あるいは、2009年10月の「サイケデリックスマイル」の背景はマスキングテープで描かれたような模様をしていたり、2010年8月の「恋するミュータント」は絵本の挿絵のように濃淡がはっきりしていたりと、絵画的なテイストの絵も散見される。そして一際目を引くのが、2013年7月の「ストレンジアニマル」と同年8月の「こどものしくみ」で披露した"アニメ塗り"だ。2012年10月の「解散しちゃったバンド」でも兆しが見られたが、彩度の高さに加え肌色率の高さが際立ち、作風にかなり大きな変化があったことを感じさせる。 両方とも夏に発表した曲だという点も加味して考える必要はあるが、それはさておき。ピノキオピー自身はこの本の中で、この頃に絵に対するスタンスが変わったと語っていたが、描く技術が向上して納得行くまで描けるパターンが増え、純粋に楽しくなったのではないかと筆者は考えている。この辺りから表情のバリエーションも増えてゆき、2014年5月の「すろぉもぉしょん」などはほぼ表情の変化のみで動画が構成されていたりもする。もちろん、画集にはそのすべての差分が収録されている。

ほかの特色として、細部にネタを詰め込んだ高い密度の描き込みが挙げられる。その最たる例が、2011年3月の「ユメネコ」だ。動画イラストの中でも特に描き込みが細かくなされた作品だと筆者は思っている。背景イラストはモノクロだが、その細かさには思わず目を見張る。というか、動画を再生した時点ではここまで緻密に描かれていることに全く気付けなかった。しかもそこにもちゃんとネタが仕込まれているという遊び心。鬱Pの似顔絵もあるらしいが筆者は見つけられなかった。悔しい。

 

それ以外には、実写のコラージュがそれなりの頻度で行われていることも目を引く。同人最新作「Яareno Collection」のジャケットには、過去に描いたイラストのシルエットを放射状に配置しているのだが、その中にピノキオピー自身の写真もコラージュされていたりする。他にも実写の諸々が紛れ込んでおり、目を凝らすほど発見があり面白い。 2011年11月の「おもひでしゃばだば」では焼肉を食べに行った時の"飯テロ"写真がイラストに組み込まれていたり、2011年8月の「マッシュルームマザー」では謎のダンサー「ミスターKQ」の実写映像をトレス&ロトスコープしていたりと、動画イラストとしては斬新かつ意味不明な試みが満載だ。筆者としては、2011年12月の「涙は悲しさだけで、出来ているんじゃない」(ムーンライダーズのカバー)のイラストが、コラージュや色彩感覚を含めた空間の異質さが最も端的に表現されており、また原曲の切なさと相まって味わい深いため気に入っている。

絵に対する工夫はそれだけではない。ピノキオピーは自身のキャラクターを2人生み出しており、頻繁にイラストに登場させている。1人目は「どうしてちゃん」。動画での初登場は上記の2010年8月「恋するミュータント」だが、2010年9月の「どうしてちゃんのテーマ」でついに本格的にお披露目された。血涙を流しカミソリを片手にした危なっかしいながらも可愛げのあるキャラクターで、何かにつけて「どうして…」を連呼する追求心の塊だ。なおこの画集には、各所で連載した(!)どうしてちゃんの4コマ漫画が全て収録されている。2人目は「アイマイナちゃん」。これは2010年10月の「アイマイナ」という曲に登場した、極端にデフォルメされた初音ミクっぽい何かだ(なのでオリジナルかどうかは判断しかねる)。この2人を自身の他の動画イラストに頻繁に登場させることで、絵の賑やかしをさせて間を持たせるだけでなく、あらゆる動画にピノキオピーのアイデンティティを記号的に刻む役割を果たしており、手塚治虫作品におけるヒョウタンツギやオムカエデゴンスのような便利な使い方が出来る意味でかなり有用な武器ではないかと踏んでいる。余談だが、ピノキオピーのトリビュートアルバム「おみこし」でシメサバツイスターズがカバーした「どうしてちゃんのテーマ」がいい意味で大爆笑もののクオリティなので、機会があれば聴いてみて欲しい。



絵に関するレビューはこの辺りで置いといて、次は絵に添えられたピノキオピー自身のコメントについて触れていく。主に、"この曲はこんな状況で生まれた"とか、"この曲を作っているときはこんなことがあった"という、日記帳のような内容なのだが、昔の作品であればあるほど生々しさを増していく。2009年12月の「おもちゃロボット」では、ギター演奏に当時親交のあった「ンチャP」が参加しており、そのことについて触れられている。筆者も同氏の曲はいくつか聴いたことがあったのだが、現在は引退しており消息不明となっているとのこと。こういうふとしたことを切っ掛けに思い出が爆発するようなコメントがあちこちに仕掛けられており、当時を知っている人ほどその地雷を回避するのは不可能であると思われる。ライブファミリー…何もかも皆懐かしい…。また、当時の"ボカロクラスタ"を知らない人でも、この極めて主観的で回想録的なコメントを読むうちに、ピノキオピーが歩んだ5年間の時間を意識させられ、否が応でもその道のりの長さに嘆息させられるのではないか、と筆者は考えている。まさしく、ピノキオピーの視点から見たボカロクラスタの歴史書である。 

・・・そして、ここまで書いておいて何だが、この画集に収められた楽曲はこれで全てではない。動画を他の人が手掛けたものも多数あり、あくまで自作イラスト集であるこの本では言及されていない曲も数多くあることを忘れてはならない。例えば、エジエレキがMVを担当した2012年6月の「ありふれたせかいせいふく」や、はんにゃGとポッジーニによる衝撃的なMVが記憶から消えてくれない2012年9月の「スケベニンゲン」や、その他諸々。この画集をきっかけに、ここに掲載されていない楽曲も思い出すのも鑑賞の仕方としてはありだと思う。ピノキオピーのマイリスト、ここに置いときますね。 



最後に、この画集に付けられた「OSOBA」というタイトルについて。ピノキオピーの総まとめと言っても過言ではないこの本、そこに込めた意味はもちろん作者のみぞ知るところだが(そもそもあるかどうかすら分からない)、受け取り方によっていろいろな解釈が出来そうでそれだけでも楽しくなる。たとえば、「お蕎麦」のように"打てば打つほどコシが強くなる"、つまり決して楽しいことばかりではなかった活動を経ての自省を示しているのか。あるいは、「お蕎麦」の長~い麺に縁起をかけて"これまで知り合った人や、これから知り合うであろう人とのご縁を大切にしたい"という意思表示なのか(こう考えると表紙の長いヒモもお蕎麦に見えてくる)。あるいは、この本が買った人の「お側」に出来る限り長くいられますように、という願掛けなのか。

他にいくらでも妄想できそうなのでこの辺りにしておくが、タイトルはさておきこの画集に作者・ピノキオピーが込めた想いというか気合・執念・怨念はかなりのものであると思われるので、ピノキオピーの曲をよく知っている人は脳内再生しながら時間の流れに思いを馳せ、それなりに知っている人は「あ、このイラストこの曲のだ!へ~細部はこうなっていたのか~」と新たな発見を重ね、あまり知らない人もピノキオピーという一人の作家の持つセンスの一端をこの画集から感じ取って頂ければ幸いである。以下、筆者が特に好きな動画を4つほど貼る。









C87で買った作品のレビュー、12本目はレーベル「fusz」によるエレクトロニカ・コンピレーション「phos」。

名盤「lost in thought」(→当ブログでも紹介しております)を2014年夏に企画・リリースしたtrorezことmasahiro odaが、同人ベースで新たに興したレーベル「fusz」から2014年冬に出した第2弾リリースです。レーベルとしては第1弾ということになりますが、この2枚はほぼ地続きであると筆者は解釈しているため、便宜上第2弾として扱うことにします。

第1弾の楽曲参加者は7名でしたが、第2弾は11名とボリュームアップ。また、前作から面子をほぼ総入れ替えした結果、アルバム全体の方向性もがらりと変わり大変面白くなっています。ちなみに、ジャケットイラストを手掛けた「Niente」(→本人サイト)は、このアルバムに5曲目「alumina」を提供しているトラックメイカーでもあります。



fusz / phos

リリース: 2014/12/30
ジャンル: エレクトロニカ
販売: Public Rhythm Online Store 

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「phos」の曲は、いずれも一見おとなしく、悪く言えば地味に聴こえるトラックが中心だ。それは、収録曲の多くがサウンドの派手さに重きを置かず、バックシンセやビート、エフェクトなどを駆使して”音の空間”をいかに気持よく響かせるからに注力しているからだ、と筆者は考える。別の表現を用いるなら、そのジャンルの”より深いところ”を追求したアルバムであるように感じられたのだ。

筆者はよく、音楽作品を食べ物に例える。このアルバムに関して言うなら、筆者は”エレクトロニカ本場の味”であると表現する。ひとつのメニューには、対外向けの多種多様なアレンジ料理(作品)が世界各地に存在する。その多様性を認めることでそのジャンル自体が広く普及し、最大公約数的であっても様々な人たちに愛され続けるようになるのだ。このように、本家の味に様々なアレンジを加える事は、本家大元にとっても非常に重要なファクターなのだが、それらのアレンジが存在し続けるためには、その”本家”そのものを作り続けて格を維持する人々の手が欠かせない。そのジャンルがどのように生まれ、どのように普及していったかを忘れないようにするため、派手な演出や過剰な装飾を極力排し、ただエレクトロニカの基礎的な要素だけを突き詰めていくのだ。そのような曲が「phos」には揃っている。このアルバムに収録された曲は軒並み、本場の作家による職人技の髄を極めた飾らぬ手本の一覧であると言っていいだろう。

なので、「phos」をこれから聴こうとしている方には、是非前作「lost in thought」も併せて手に取っていただきたい。先に述べた通り、この両作はプロデューサーは同一ながら参加者も音楽性も全く異なるものだからだ。「lost in thought」は「phos」と比較して華やかで開放的なサウンドが展開されており、筆者のような派手好きや、エレクトロニカという音楽がイマイチ分かっていない人が”第一印象”として触れるにはもってこいの”良質なアレンジ”だからだ。そして、その上で第2弾「phos」を聴いて欲しいのだ。「lost」でエレクトロニカの表面の手触りを楽しみ、「phos」で更に深く踏み込んで、音像空間の脈動や骨の硬さを確かめ、エレクトロニカというものの真髄を深く感じ取ることが出来れば、両作品は非常に素晴らしい相乗効果を生み出すことが出来ると筆者は考えている。

本文は以上となるが、この記事がこれまで公開したレビューの中で最も偏った主観に則ってしまったことに不安を隠せない。特にエレクトロニカに精通している方々にとっては、読んでいて気を悪くするレビューになってしまったかもしれない。もしそうならば、素直に謝る所存だ。しかし、筆者が見出したこの楽しみ方が、両作品を楽しむための取っ掛かりとなったならば、これ以上の喜びはない。



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