C87で買ったCDのレビュー、4回目はユニット「Babel」の新譜「水銀のリクタ」をお届け。
Babelは、コンポーザーの「南ゆに」とシンガーの「nene solano」の2人を中心としたユニットです。

南ゆには「ゆにP」としてVOCALOIDを用いたオリジナル曲を投稿していたこともあり、筆者は過去に当ブログでアルバム「パラドックスガール」「Umbrella」をレビューしております(アルバムタイトルをタップorクリックするとレビュー記事へジャンプします)。

その後、2012年に「Lost in the Fog」というバンドを結成します。ボーカルのnene solanoとはこの時からの間柄です。アルバム「アインズヴァッハの墓」とミニアルバム「Angst EP」をリリースした後活動を休止、2014年初頭にボーカルと2人でユニット「Babel」を始動させます。

なお、同じ年には別のユニット「アリスシャッハと魔法の楽団」を結成します。メンバーはBabelの2人とイラストレーター「ちくわエミル」「ARiKEM」の4人、ARiKEMは「ゆにP」時代の動画イラストやCDジャケット等をほぼすべて手がけています。2014年9月にアートブック付きミニアルバム「アリスシャッハと魔法の楽団」をリリースしています。

この記事では、その「アリスシャッハと魔法の楽団」、そしてBabelのデモCD(公開済みの曲を中心に収録)のレビューも同時に掲載します。

■今回紹介するCD■
Babel / 水銀のリクタ
アリスシャッハと魔法の楽団 / アリスシャッハと魔法の楽団
Babel / Babel Demo World 1




Babel / 水銀のリクタ

リリース: 2014/12/30
ジャンル: オルタナティブロック・エレクトロニカ
販売: 未定


C87(2014年冬コミ)初頒布の新譜。1曲目「水銀のリクタ」は、開始ゼロ秒で歌が入り、アコギとストリングスのシンプルなオケからバンドサウンドへと展開するミディアムテンポのロックナンバー。再生ボタンを押したらイントロを省略してすぐ歌が始まるアルバムは、筆者好みの良いアルバムとなる事が多くワクワクさせられる。この曲は小難しい技巧を一切排した、非常に素直な展開をするため、Babelというアーティストへの導入にも最適だろう。そして、サビのメロディの高音とストリングスの低音の絡み合いが最高に気持ちいい!!2曲目「彼女の羽根はもう無い」もイントロを省略。エフェクトを効かせた奥ゆかしいエレキギターの単音が、1曲目とは違う方向で幻想的だ。随所でギターの轟音がシューゲイザーばりに炸裂するヘヴィなナンバーだが、ボーカル共々とても美しい形で聴きやすくまとまっている。この曲でも光るのはサビのメロディだ。特に、サビ後半部分でメインの旋律とバックサウンドをあえて乖離させ、最後の最後で再び邂逅させるこの技法はまさしく「ゆに節」であり、何度聴いてもしびれる。3曲目「a Wonder of Aysha (Replace)」は、これまでと雰囲気の異なる6拍子のバラード。ハープの透き通るようなイントロに、一人の人間の視点で語っている主観的な歌詞は、これから始まる何らかの物語への期待感を持たせる。この曲は、かつて「ゆにP」としてVOCALOID・歌愛ユキに歌わせ投稿した楽曲のリメイクだ。ただ声を差し替えただけでなく、サウンドを含め一から作り直されており、サビではより荘厳な、目の前に次々と新しい風景が広がるような心躍る力強いサウンドが繰り出される。さながら、映画や舞台の劇中歌のようだ。

シンプルなオルタナティブロックの1曲目「水銀のリクタ」、シューゲイザー色の強い2曲目「彼女の羽根はもう無い」、サウンドトラック的な情景音楽の3曲目「a Wonder of Aysha (Replace)」。これは全て、コンポーザーの南ゆにが得意とし、これまで多数のリスナーを魅了してきた氏の持ち味であり、これらを惜しげも無く詰め込んだ3曲入りミニアルバム「水銀のリクタ」は総再生時間以上の密度と叙情性を有した素晴らしいアルバムであると断言する。音楽活動の場が幾度も変化し、この2015年に再び大きな節目を迎えようとしている南ゆにという作曲家が、その目指す境地に一切のぶれがないことを、この作品をもって堂々と示しているのである。筆者はこのアルバムを聴いて、作者からそのようなメッセージを受け取った。



アリスシャッハと魔法の楽団 / アリスシャッハと魔法の楽団

リリース: 2014/09/25
ジャンル: オルタナティブサウンドトラック
販売: Amazon.co.jp


ミュージシャンとイラストレーターがともに正式メンバーのクリエイターユニット。それだけに、初の作品である「アリスシャッハと魔法の楽団」はCDと本が一体となっており、楽曲の世界と絵の世界が密接にリンクした濃密な作品である。1曲目「魔法の首都・魔法の楽団」は、6拍子のミディアムナンバーだ。ストリングス主体で全編英語の、ポップスと映画音楽の中間のようなサウンドスケープを有した作品だが、イントロとアウトロでは物語音楽では珍しいエレキギターのソロが響き、明るいがどことなく硬派でただならぬ空気を醸し出しているところが印象的だ。2曲目「眠れぬ旅人の唄」は、一転して全体を不穏な空気が包む。ピアノの音は透き通っているが全体的に低く篭っており、周りのオケもどんより暗い演出に特化している。それだけに、サビで一気に盛り上がった時の開放感は半端ではなく、暗闇の中を泳いでいる最中に水面の上に顔を出し、満天の夜空が目に飛び込むような圧倒的な感覚がそこにはある。3曲目「君はまた世界へ還る」は、ロック色を前面に出した7分44秒の大作だ。この曲もまたサビにおける構成美が光っており、張り詰めて切れてしまいそうなボーカルの裏でギターの轟音が優しく支えているこの構成は、あたかも遠く離れた大切な誰かへと手を差し伸べているかのような、切なさともどかしさとぬくもりが同居し一気に爆発したかのような壮絶なカタルシスを味わうことが出来る。その衝動が収束したと思ったところで音楽はおしまい。あとは余韻に浸るだけだ。

本とCDのセットとのことである程度分かってはいたが、やはりこの作品は音楽だけでは完成しない。込められた物語のうち、音楽が語らなかった箇所は本を読んで補う必要がある。そしてこの本がまた強烈だ。「ちくわエミル」の作風は、絵の中心に小さく可憐な少女を配置しているのだが、背景画像の抽象度が極めて高く、猛烈に描き込まれていたり実写画像をコラージュしていたりと、情報の量や質の多様さに思わず目がくらむ。「ARiKEM」の作風は更に苛烈だ。色という色が視界全面に描き殴られており、そこにある風景が何を示すのかを理知的に考えることを真正面から拒んでいる。何らかのコラージュかと思ったらすべて手描きだったので、なんていうかもうやばい(小並感)。なお、CDの曲は映像付きでアップロードされているため、音と絵が互いに補完しあっている様を、動画の形で鑑賞することが出来る。しかし、やはりこの本のサイズでイラストをじっくり鑑賞すると、長く見れば見るほど発見が増えていくらでも読めてしまう。やはり、動画と音楽だけでなく、本を鑑賞してこその「アリスシャッハ」なのだなあと実感した次第である。





Babel / Babel Demo World 1

リリース: 2014/12/30
ジャンル: エレクトロニカ・オルタナティブロック
販売: 未定


Babelがフルレングスで公開している2曲と、C87用に書き下ろした未公開の新曲1曲で構成されるデモCD。なんと無料配布である。すごい。1曲目「Fantasia」は、Babelとして初めて発表した曲である。チェレスタのような楽器が極めて不穏なイントロを奏で、非常に強いインパクトを与える。最初はもはやホラーのような恐怖を感じ、途中で少し柔らかくなって安心するのも束の間、Bメロでは更にパワーアップするのでもう逃げ場がない。その流れのままサビでは美しい爆発が待ち構えている。この緊張感と恐怖を解決しないまま曲はフェードアウトしていってしまうため、なんというかこう、曲が終わってもしばらく( ゚д゚)ポカーンとしたまま放置されてしまうような強烈な余韻を得た。とはいえ、新しいユニットが最初にその方向性を示すのにはふさわしい曲であることは全力で同意したい。2曲目「Little Escape」は新曲。なんとインストである。前半はピアノ、ベル、チェロとダーク・エレクトロニカを構成するために必要な要素が揃った非常に暗い曲だが、後半はストリングスと打楽器がドカンと入り曲のボルテージを挙げるのだが、ラジオのように反復する朗読がバックで滔々と流れるため、恐怖感はむしろ増しているように感じられた。3曲目「Holy Day」は、Babelとして2作目の楽曲。なぜか1曲目と2曲目の間に新曲が間に挟まった面白い曲順になっている。これまでの2曲と異なり、明るく前向きなロックバラードであり、サビに向けて徐々に編成が増えて音が力強くなっていく展開に、地を足で踏む力を与えてもらったような心地になる。CDを聴き終えて思ったことは、この曲が〆でよかったということに尽きる。





総評。
Babelというユニットに対する印象は、デモCDと最新作「水銀のリクタ」でかなり違って聞こえてくるのではと思った。まず描いているものが違う。デモCDは人間の特定の感情と、そこから広がる様々な周辺要素をそのまま音に起こしたような、非常に純粋な精神スケッチであると言える。路線は先鋭的であるゆえに過激であり、「ゆにP」や「Lost in the Fog」の像からの離脱のために意図して大きく舵を取ったように感じられた。それに対し「水銀のリクタ」は、自己への肯定と回帰が見られ、自らの持つ総合的な作曲スキルを真っ直ぐに注ぎ込んだ、あたたかな人間味を感じられる作品であった。どちらが良く、どちらが悪いとかいう優劣を付ける気は無い。「水銀のリクタ」だけでなく、デモCDと併せて聴き比べることで、俺はその気になれば「Fantasia」のような曲も作れるんだぜ、という南ゆにのしたり顔が目に浮かぶようになった。なればこそ、リスナーとしてはこれを正面から迎え撃つ準備を整えておかねばなるまい。ああ、次はどのように攻めて来るのだろう。楽しみで仕方ない。

「Babel」と「アリスシャッハ」の違いについてもひとつ。両ユニットではビジュアルの果たす役割が根本的に異なるため、必然的に音楽それ自体の在り方も大きく違ってくる。平たく言えば、Babelは純粋音楽である事に対し、アリスシャッハは劇伴音楽的なのだ。絵と音が相互に補完する関係にあると先に述べた通り、アリスシャッハの音楽は絵を立てるように、あるいは絵に委ねるように作られている事を感じる。「委ねる」とは決して手を抜くことではなく、純粋音楽では描けないものを絵に託し、全く違う音楽の姿を取り入れて示していることに他ならない。南ゆには、インディーズ・ミュージシャンとしての活動以外にも、劇伴音楽を手がけたことがある。アーティストであり、職業作家でもある南ゆににとって、両者の間の音楽の形がいかに異なるか、いかなる形で両立するのかという観点は、今後長い間考え続ける必要のある課題なのだろう。