C87で買った作品のレビュー、今度は本の紹介です。

音楽だけでなく絵も描くボカロP・ピノキオピー。これまでに同人で6枚、商業レーベルから2枚のCDをリリースしていますが、画集はこれが初となります。

発行した2014年末時点での最新作から、2009年の活動開始時までを遡り、その期間のほぼすべてのイラストを網羅した構成となっています。またそれだけでなく、それぞれの絵に寄せられたコメントが非常にリアルで生々しいため、ひとつの文化資料としての価値も高い一冊です。"ピノキオピーの視点から見たボカロ界隈の歴史書"とも言えるでしょう。当時の雰囲気を知っている人なら、尚更感傷に浸れるのではないでしょうか。



ピノキオピー ビジュアルコレクション「OSOBA」

発行: 2014/12/30
区分: フルカラーイラスト集
販売: とらのあな

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この画集に収録されているイラストは、基本的に自身のオリジナル曲動画のために描いたものなので、こうして画集の形で横断的に鑑賞していると、これまでに見えてこなかった違いや特色が見えてくる。たとえば、様々な作風の使い分け。全体としては輪郭のはっきりしたマンガ調のカラーイラストが多めだが、2011年5月の「Floating Shelter」や2014年11月の「よいこのくすり」のように、使う色数を極端に減らして無機質で突き放した冷たさを表現しているものもある。あるいは、2009年10月の「サイケデリックスマイル」の背景はマスキングテープで描かれたような模様をしていたり、2010年8月の「恋するミュータント」は絵本の挿絵のように濃淡がはっきりしていたりと、絵画的なテイストの絵も散見される。そして一際目を引くのが、2013年7月の「ストレンジアニマル」と同年8月の「こどものしくみ」で披露した"アニメ塗り"だ。2012年10月の「解散しちゃったバンド」でも兆しが見られたが、彩度の高さに加え肌色率の高さが際立ち、作風にかなり大きな変化があったことを感じさせる。 両方とも夏に発表した曲だという点も加味して考える必要はあるが、それはさておき。ピノキオピー自身はこの本の中で、この頃に絵に対するスタンスが変わったと語っていたが、描く技術が向上して納得行くまで描けるパターンが増え、純粋に楽しくなったのではないかと筆者は考えている。この辺りから表情のバリエーションも増えてゆき、2014年5月の「すろぉもぉしょん」などはほぼ表情の変化のみで動画が構成されていたりもする。もちろん、画集にはそのすべての差分が収録されている。

ほかの特色として、細部にネタを詰め込んだ高い密度の描き込みが挙げられる。その最たる例が、2011年3月の「ユメネコ」だ。動画イラストの中でも特に描き込みが細かくなされた作品だと筆者は思っている。背景イラストはモノクロだが、その細かさには思わず目を見張る。というか、動画を再生した時点ではここまで緻密に描かれていることに全く気付けなかった。しかもそこにもちゃんとネタが仕込まれているという遊び心。鬱Pの似顔絵もあるらしいが筆者は見つけられなかった。悔しい。

 

それ以外には、実写のコラージュがそれなりの頻度で行われていることも目を引く。同人最新作「Яareno Collection」のジャケットには、過去に描いたイラストのシルエットを放射状に配置しているのだが、その中にピノキオピー自身の写真もコラージュされていたりする。他にも実写の諸々が紛れ込んでおり、目を凝らすほど発見があり面白い。 2011年11月の「おもひでしゃばだば」では焼肉を食べに行った時の"飯テロ"写真がイラストに組み込まれていたり、2011年8月の「マッシュルームマザー」では謎のダンサー「ミスターKQ」の実写映像をトレス&ロトスコープしていたりと、動画イラストとしては斬新かつ意味不明な試みが満載だ。筆者としては、2011年12月の「涙は悲しさだけで、出来ているんじゃない」(ムーンライダーズのカバー)のイラストが、コラージュや色彩感覚を含めた空間の異質さが最も端的に表現されており、また原曲の切なさと相まって味わい深いため気に入っている。

絵に対する工夫はそれだけではない。ピノキオピーは自身のキャラクターを2人生み出しており、頻繁にイラストに登場させている。1人目は「どうしてちゃん」。動画での初登場は上記の2010年8月「恋するミュータント」だが、2010年9月の「どうしてちゃんのテーマ」でついに本格的にお披露目された。血涙を流しカミソリを片手にした危なっかしいながらも可愛げのあるキャラクターで、何かにつけて「どうして…」を連呼する追求心の塊だ。なおこの画集には、各所で連載した(!)どうしてちゃんの4コマ漫画が全て収録されている。2人目は「アイマイナちゃん」。これは2010年10月の「アイマイナ」という曲に登場した、極端にデフォルメされた初音ミクっぽい何かだ(なのでオリジナルかどうかは判断しかねる)。この2人を自身の他の動画イラストに頻繁に登場させることで、絵の賑やかしをさせて間を持たせるだけでなく、あらゆる動画にピノキオピーのアイデンティティを記号的に刻む役割を果たしており、手塚治虫作品におけるヒョウタンツギやオムカエデゴンスのような便利な使い方が出来る意味でかなり有用な武器ではないかと踏んでいる。余談だが、ピノキオピーのトリビュートアルバム「おみこし」でシメサバツイスターズがカバーした「どうしてちゃんのテーマ」がいい意味で大爆笑もののクオリティなので、機会があれば聴いてみて欲しい。



絵に関するレビューはこの辺りで置いといて、次は絵に添えられたピノキオピー自身のコメントについて触れていく。主に、"この曲はこんな状況で生まれた"とか、"この曲を作っているときはこんなことがあった"という、日記帳のような内容なのだが、昔の作品であればあるほど生々しさを増していく。2009年12月の「おもちゃロボット」では、ギター演奏に当時親交のあった「ンチャP」が参加しており、そのことについて触れられている。筆者も同氏の曲はいくつか聴いたことがあったのだが、現在は引退しており消息不明となっているとのこと。こういうふとしたことを切っ掛けに思い出が爆発するようなコメントがあちこちに仕掛けられており、当時を知っている人ほどその地雷を回避するのは不可能であると思われる。ライブファミリー…何もかも皆懐かしい…。また、当時の"ボカロクラスタ"を知らない人でも、この極めて主観的で回想録的なコメントを読むうちに、ピノキオピーが歩んだ5年間の時間を意識させられ、否が応でもその道のりの長さに嘆息させられるのではないか、と筆者は考えている。まさしく、ピノキオピーの視点から見たボカロクラスタの歴史書である。 

・・・そして、ここまで書いておいて何だが、この画集に収められた楽曲はこれで全てではない。動画を他の人が手掛けたものも多数あり、あくまで自作イラスト集であるこの本では言及されていない曲も数多くあることを忘れてはならない。例えば、エジエレキがMVを担当した2012年6月の「ありふれたせかいせいふく」や、はんにゃGとポッジーニによる衝撃的なMVが記憶から消えてくれない2012年9月の「スケベニンゲン」や、その他諸々。この画集をきっかけに、ここに掲載されていない楽曲も思い出すのも鑑賞の仕方としてはありだと思う。ピノキオピーのマイリスト、ここに置いときますね。 



最後に、この画集に付けられた「OSOBA」というタイトルについて。ピノキオピーの総まとめと言っても過言ではないこの本、そこに込めた意味はもちろん作者のみぞ知るところだが(そもそもあるかどうかすら分からない)、受け取り方によっていろいろな解釈が出来そうでそれだけでも楽しくなる。たとえば、「お蕎麦」のように"打てば打つほどコシが強くなる"、つまり決して楽しいことばかりではなかった活動を経ての自省を示しているのか。あるいは、「お蕎麦」の長~い麺に縁起をかけて"これまで知り合った人や、これから知り合うであろう人とのご縁を大切にしたい"という意思表示なのか(こう考えると表紙の長いヒモもお蕎麦に見えてくる)。あるいは、この本が買った人の「お側」に出来る限り長くいられますように、という願掛けなのか。

他にいくらでも妄想できそうなのでこの辺りにしておくが、タイトルはさておきこの画集に作者・ピノキオピーが込めた想いというか気合・執念・怨念はかなりのものであると思われるので、ピノキオピーの曲をよく知っている人は脳内再生しながら時間の流れに思いを馳せ、それなりに知っている人は「あ、このイラストこの曲のだ!へ~細部はこうなっていたのか~」と新たな発見を重ね、あまり知らない人もピノキオピーという一人の作家の持つセンスの一端をこの画集から感じ取って頂ければ幸いである。以下、筆者が特に好きな動画を4つほど貼る。